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2025.09.19
特段コメントすることはない、標準的な問題に感じます。
問2「関心を持ってもらうために」やることは何か、問3「信頼性を高めるために」やることは何か、似たような質問ですが、問題文から質問の意図を把握し、そこから解答すべき内容をイメージして答案を作ることが学テABCに限らず国語では鍵となります。
問4
大きな声で話さないと聞こえませんが、「できるだけ」大きな声で話すとただの絶叫マシーンと化します。このように、余計な修飾語がくっついているところが✕になるケースは多いです。
出典:平野啓一郎「私とは何か」
小説家。 京都大学法学部在学中の1998年、中世ヨーロッパを舞台にした「日蝕」によりデビュー。 同作は翌年、第120回芥川賞を受賞した。
趣旨としては、2016年センター試験『キャラ化する/される子どもたち』とほぼ同様かと思うのですが、少なくとも引用箇所に限って言えば、評論というよりは個人的主観にもとづくエッセイの類に感じます。
「個人」という概念じたいが「西洋文化に独特」だと言っておいて、いきなり(中略の後なのでここで説明があったのかもしれないけど)「一神教だから」を理由としてあげていますが、イスラーム、中東圏は前置き注釈なしに「西洋」扱いしてよいものなのか。
次に根拠としてあげている「論理学」についても別に西欧特有のものではなく、インド論理学というのもあるわけで(というか論理のない言語、文化などあるわけがないし)、論理学の存在が「切り分けられない個人」という西洋独特の見方(それが本当に「西洋独特」なのかどうかも怪しいけど)を導いたという根拠にはならないでしょう。
部分部分で「まぁ言いたいことはわかる」というところはあるのですが、論旨論拠にツッコミどころが多く、どうにもこうにもスッと中身が入ってこないと個人的に感じる文章です。
もしかしたらこの本全体を読めば印象変わるのかもしれませんが、そうだとするならこんな場所を抜き出して問題を作らないでほしいところです。
問4
「背景を異にする色々な人」「具体的な、多種多様な人々」どちらでもOKになっているかと思います。
学テABCはこのように「どっちでもOK」となる問題が過去から多々出題されてきていますので、実際の試験中に「これどっちでもOKでは?」と思った場合は気にせずどちらかを書いて次に進んだほうがよい可能性があります。一応念頭に置いておいてください。
(今回は指示語の問題なので、できるだけ直前のほう、今回でいえば「背景を~」のほうを書いておいたほうが安全性が高いです)
出典:「正法眼蔵随聞記」
曹洞宗開祖・道元に師事した禅僧・懐奘による曹洞禅の語録書。
(現代語訳)
師が教えを説いていうことには、仏道の人は、自分で疑問を解決することに固執してはいけない。たとえ自分自身で納得したことがあっても、きっとその考えに間違ったところもあるだろう、さらに良い考えがあるかもしれないと心に留めて、広く知識ある徳の高い僧に相談し、先人の言葉も参考にすべきである。
ただし、先人の言葉であっても頑なに固執してはいけない。「もしかすると、その先人の考えが間違っている可能性もある。いくら信じたとしても」と思って、後でもっと優れた考えが見つかれば、それに従うべきである。
問2
これも大問1と同様、質問の趣旨を最初につかんでおくことが重要。
「このことについて具体的な行動」という部分に着目して、「つまり具体的にどうすればよいと書かれてあるか」と考えながら本文を読むことがポイントとなります。
出典:小林紀晴「旅をすること」
1968年生まれ、日本のジャーナリスト、写真家、作家。長野県茅野市生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。日刊工業新聞社にカメラマンとして勤務。その後、フリー・カメラマンになる。23歳でアジアを旅し、日本人の人間模様を作品と写真で記録。海外に定住する日本人を描く。代表作に『アジアン・ジャパニーズ』がある。
問2
なんだろうこの問題……。
大問2で漢字の書きを出して、ここでもう1問出す意味はよくわからない。
問4
採点基準に「英語が下手」が入るかと思いましたが、模範解答例を見ると入っていないですね。
問題文だけを読んでも「英語が下手である」という状況は書かれていないので、本来は一応答案に入れておいたほうがいいかと思います。
問6
「具体的な行動」を問う問題だらけですね、今回。
大問1の問2、問3もそうですし、古文もそうだし。
全体として、ちょっと設問がワンパターンすぎる印象は否めないです。
問題としてひどい、おかしい、成り立っていないと言うものはないものの、ほぼすべてが「指示語」「具体的な内容」だらけで、因果関係まで理解できているかどうかを問う問題が皆無なのは国語の問題としてはちょっと物足りない。
20年前、わたしが学生講師の時代の学テABCのような出題だな、という感想です(大問1の形式は今風ですが)。
というか、課題文のチョイスじたいが、しっかり因果関係を問えるような筋のある文章じゃないんですよね。
大問2は前述のとおりどこに客観的根拠があるのか不明瞭な主張の連続ですし、大問4はほぼ事実を淡々を述べた日記的な文章で、これと言って何か主張があるような文章ではない。
国語読解の最大の本質は「因果関係」だとわたしは思っているので、もう少し因果関係を思考させるような文章をせめて1つはチョイスしてほしいなぁ、と。
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