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2025.02.04
問1~2 標準的~易しめレベル。
問3 たまに出る行書の問題ですが、別に知識がなくても文字を観察すれば十分解答可能です。
なんでも暗記しようとせず、問題の要求を素直に受け止めて素直に答えればよい。
問5(1)(2) これは……かなりの問題作というか、少なくとも一般的に中学生が勉強する国語文法(学校文法)の観点から言えば、完全に問題文が間違っています。
“用言を修飾する品詞は「副詞」だから、形容詞を使って「すごい速い」というのはおかしい”
という島田さんの説明じたいがそもそも国文法的に誤り。
国語では、形容詞を使って用言を修飾することも可能です。
「すごい速い」がダメなのは「すごい」が連体形だからであって、あくまでも「活用形」の問題としてとらえる必要があります。品詞の問題ではないです。
「すごく」と活用させて連用形にしてしまえば、「すごく速い」で何の問題もありませんし、「すごく」はあくまで品詞としては「形容詞」であって「副詞」ではない。
“用言を修飾する品詞は「副詞」だから、形容詞を使って「すごい速い」というのはおかしい”
という説明は「英文法」における説明だったら正しいです。
英語の文法と国語の文法は、同じ文法用語を共有してはいても根本的に体系が異なっていて、出題者がその違いをあやふやにしたまま問題を作ってしまったのだろうと思います。
採点基準に
「すごく」……許容
と書いていますが、「◎」ではなく「許容」と書いてあるということは、おそらく採点基準表を作った人(問題作成者と同じなのかどうかはわかりません)はこの問題のマズいポイントに気づいているのかもしれません。
そこに気づいているなら、そもそも問題文じたいを全面的に修正すべきでした。
いや、でもどうかなぁ。
「副詞でないもの→✕」と書いてますからねぇ。
だったら「すごく」も✕にしなくてはならないわけで、やはり作成者の理解がそもそも曖昧なだけな気がします。
「副詞」と言わずに「連用修飾語」あるいは「連用形」と説明していたら何の問題もなかったのに、なぜこうなってしまったのか。
ひとつ救いなのは、選択肢のラインナップからして答えが1つに絞れるところでしょうか。
この出題エラーのせいで得点を失う生徒はおそらくいないと思うので、撤回しろとか訂正文を出せとまでは思いませんが、ただ生徒の文法理解を混乱させる悪問であることは間違いない(ちゃんと理解している生徒は試験時間中に混乱したはず)ので、大いに反省しなくてはならないのは間違いない。
この問題で「島田さん」の文法的誤りを考えさせる問題になっていたら絶賛したと思いますけどね。
「島田さん」の理解があたかも正しいかのように扱っているところが本当に良くない。
これで「そうか、用言を修飾する言葉=副詞なんだ!」と生徒が誤解してしまって、形容詞の連用形を問う問題が次の公立入試に出たらどうするのか。
うちの生徒たちには次の反省会でよくよく説明しなくてはならない。
(まぁ、そもそもうちに通っている生徒なら、この問題のおかしなところに自分で気づいてほしいですが)
https://takatori-na.jugem.jp/?eid=6415
鷹取先生ブログによる「ネット上では『すごく』を副詞として扱っている」という話について追記します。
まずネット上での「副詞」の定義と、学校文法上での「副詞」の定義が必ずしも同じではない、というのが1点。
上述のとおり「英文法」の体系で言えば「すごく=副詞」は正しいので、英文法的な「副詞」概念をもとに「副詞」と言っているケースがあります。
よって「すごく」をネット上で副詞と扱っているのは、間違いというよりは「学校教科書とは異なる見方で分類している」と言ったほうがよいかもしれません。
ただ、あくまで高校入試の問題は「学校教科書の文法体系」に従って出題されるべきものなので、学校教科書の文法に従えば間違いなく「すごく」は形容詞に該当します。
あと、もうひとつ可能性があるのは「形容詞『すごい』から独立して、『すごく』という独自の単語として使われている」という見方はありえるでしょう。
たとえば、古文単語の形容詞「いみじ」がありますが、現代では「いみじくも」という形でしかまず使いません。
となると「いみじくも」は形容詞「いみじ」が変化したものととらえるよりは、もはや活用しない一つの副詞としてとらえたほうが自然という判断が下されます。
ただ、「すごい」は今も普通に使われる形容詞で、やはり「すごい」が活用して「すごく」になったととらえるのが現代人として自然なとらえ方だと思います。この観点から「すごく」を副詞ととらえるのは無理があるでしょう。
いずれにせよ「副詞=活用がなく、用言を主に修飾する自立語」というのが学校教科書上の定義である以上、やはりこの問題は不適切な出題だという結論は変わらないことになります。
問5(3)これはアとエがかなり微妙ですね。
「間違いとまでは言えない」という島田さんのコメント、模範解答どおり「異なる見解」ともいえるでしょうが、「適切ではない」という意味で言えば二人の意見は共通しているわけです。その意味では「共感」と言うこともできますから、読みようによってどちらにも解釈できる問題になってしまってます。その後の「さらなる検討の必要性」のほうも別にアで問題もないですし。
エが間違いとは言えませんが、アとエを比べるとむしろアのほうがより適切と説明することもできそうです。
問1~4までは何の問題もないと思いますが、問5だけあまりにも……
出典:築山節「脳が冴える勉強法」
医学博士。財団法人河野臨床医学研究所附属北品川病院長。1950年、愛知県生まれ。日本大学大学院医学研究科卒業。埼玉県立小児医療センター脳神経外科医長、河野臨床医学研究所理事長を経て現職。脳神経外科専門医として多くの診断治療に携わる。92年、脳疾患後の脳機能回復を図る「高次脳機能外来」を設立。著書に『フリーズする脳』『脳が冴える15の習慣』『脳と気持ちの整理術』『脳から変えるダメな自分』など。
1月道コンが小説だっただけに、100%今回は評論が出るに決まっています。
入試本番も普通に考えたら当然評論でしょう。
というか、この北海道公立高校入試の「評論小説を交互に出す」という最低のシステム、いつまで続けるんでしょうね。
最低であることは誰の目にも明らかなのに、もとに戻すと誤りを認めることになるので戻せない、というのも本当に日本人らしく愚かしいですよね。
(愚かしいのは道コン事務局ではないですよ、念のため申し添えておきますが)
長さはありますが、全体的に入試予想問題にしては易しいかなぁ、と。
ここ最近、難度が高い問題が続いていたので余計に。
問7の採点基準、採点基準BとDはほぼ同じ内容なので、これを分散してポイントをつけるのはどうなんだろう?
という気も少し。
あと、採点基準A「時間が足りなくなる」を含めて書く生徒はかなり少ないと思います。
わたしが自分で答えるときには入れましたが「これはたぶん採点基準外じゃないかな」と思いながら一応入れた感じなので、これでマイナス2点はちょっときついかも。入れても1点で良かったのではないかと思います。
出典:李白「静夜思」
李白は、中国の盛唐の時代の詩人である。字は太白。号は青蓮居士。唐代のみならず中国詩歌史上において、同時代の杜甫とともに最高の存在とされる。奔放で変幻自在な詩風から、後世に『詩仙』と称される。(Wikipedia)
教科書に載っている(今はない?)レベルで有名な作品なので、これ知っている人も多かったのでは。
問1~2は定期テストレベルの超基本問題。
問3は、1~2行目が両方とも「床」「地上」を見ていることがわかれば大丈夫でしょうし、問4も大意さえ取れればすぐ答えが出るので、これも大問2と同様やさしめの設定ですね。
シカ、本当によく見るようになりましたよね。
樽前とかにゴルフに行くと、往復の車で20頭ぐらいシカを見ることがもう珍しくないです。
うーん、これも全然ひねりがない問題ですねぇ。
問3で、前の「鳥谷さん」から「明け方と日没を比較していること」を、問4で「春野さん」から「10・11月の事故」が話題であることが読み取れていれば、すぐ答えは導けるはず。
大問1から4まで基本的にはやさしめの文章だらけですので、平均点結構高くなると思います。
ただ、大問1のラストの選択問題と、評論の記述の採点基準Aで相当な割合の生徒がマイナス5点食らうでしょうから、実質95点満点に近くなるかなと。
上位層は満点は少ないけど、80点台~90点台前半だらけという感じになるはずです。
よって、点数が比較的良くても偏差値は期待できないので、そのつもりで覚悟していたほうがよいでしょう。
偏差値よりも「確実に点数をキープできたかどうか」で判断するべきだと思います。
今回の問題で85点取ってもそこまで偏差値高くは出ないと思いますが、「それでも85点はちゃんとキープできたのだ」と前向きにとらえて次に向かっていくことが重要だと思います。
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